2014年4月1日火曜日

【STAP騒動の解説 260401】 公道、公園、公海、公知・・・それこそ私の学問のプライド




公道、公園、公海、公知・・・それこそ私の学問のプライド



公道は誰かが土地を提供し、誰かが苦労して整地し、舗装しただろう。でもいったん「公道」として使われれば、誰がいつ、無断で使ってもとがめられない。それはその国の国民の共通の財産だからだ。


公園、公海・・・人類には「所有権」があり「制限」があるものと、「人類共通の財産」がある。かつての入会権も同じだ。


そして、人間の頭脳が生み出した知的なもの・・・学問、芸術、スポーツもまた人類共通の財産であり、だれでもが自由に使える(公知という用語が使用される)。まさに公の道、公の知である。


「シライ」という体操の飛び方がある。それは若き白井選手が編み出し、披露したものだ。でも翌日、他の人がシライを演じても良い。スポーツは人類に共通の財産だからである。


私はなぜ学問を職業として選んだかというと、この世は「所有」がすべてだが、その世で「所有の無い世界」で私は人生を送ろうとした。だから、私の成果は誰が使っていただいても良いので、著作権を主張していないし、大学で研究するようになってから、多くの特許を企業が出したが、私自身は出していない(私の発明を企業などが特許にしただけ)。


この世には、「人類共通の財産」がなければ成立しないし、それが多ければ多いほど平和に近づくと私は思ってきた。平和主義の人はぜひ、私の活動を支持して欲しい。


今、STAP論文のことで、学問は危機に瀕している。学問がお金、利権、名誉などにまみれたら人類は損失をする。2つの例外だけ(著作権と工業所有権)を認めて、あとはオープンなのだ。


著作権は「思想、感情に基づき」、「創造であり」、「表現されたもの」の3条件が必要だ。だから、文学作品などは感情に基づいているが、自然科学(物理や生物学など)以外でも、思想、感情ではないものは多いのではないかと思う。


学問が世の利権にまみれ、コピペしていけない、引用元を示さなければならない(道路を歩く時に誰かに断らなければいけない)というのは学問の冒とくでもあり、また法律違反ですらある。


(平成26年4月1日)
武田邦彦

(出典:武田邦彦先生のブログ








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