2014年4月16日水曜日

STAP事件簿16 (2-0=2、10-2=-4) の日本社会





STAP事件簿16 
(2-0=2、10-2=-4) の日本社会


(今朝は少し、うなされました)


人間には良いところと悪いところがある。人のやることには成功もあるし失敗もある。毎日の生活でもうまくいくときと、何をやってもダメな時がある。



特に人が成長していくときには、「芋蔓式」がすべてだ。つまり子供や若い人にはまだ欠点が多い。でも年配者よりこれから伸びるところもある。だから、欠点を強調せず長所を伸ばすことが大切だ。



三種類の考え方がある。一つは(2-0=2)型で欠点もないが長所も大したことがないという場合。これも大切だがすべてではない。もう一つは(10-2=8)型で欠点が2あっても、長所が10あれば、差引8もあるじゃないかという見方だ。



それより積極的な考えが、(4-2=4)で、長所4、欠点2の場合、長所だけ見て総合4点とする。武田式見方だ。ところが反対に、(4-2=-6)というのもある。これが「最近のマスコミにみられるバッシング主義」で、せっかく長所が4、欠点が2なのに、欠点だけを拡大してマイナス6とするというとんでもない考え方だ。


やめよう!


評価する社会と人のタイプの整理
K:欠点がなければそれでよい(進歩はないが穏やか)
S;そのままの状態を評価(素直な社会)
M:良いところがあればよい(積極的な社会)
B:悪いところがあればよいところは帳消し(現代日本)



(平成26年4月16日)
武田邦彦

(出典:武田邦彦先生のブログ









2014年4月12日土曜日

STAP事件簿15  「公知」に供する科学者のプライド・・・恩を感じる日本人






STAP事件簿15
「公知」に供する科学者のプライド・・・恩を感じる日本人




(少し、軽い話題です)



私は科学の世界でコピペは何の問題もないと考えているが、コピペに対して反感を持つ人が多いのも確かである。なぜ、私が科学者でありながら、コピペを容認してきたかというと、それは「科学の本質はなにか」が理由だが、それ以外に「公知」と「平和」である。それについてリラックスして一言。



学問の世界は「学問の自由」で守られている。この学問の自由は「内的・精神的自由」で、社会に対して実行力を持たないのが特徴であり、仮に何かの力を発揮するなら自由は奪われる。



一方、科学者のプライドは「自らの仕事の成果が「公知」になる」というところにある。つまり、「公道、公園、公海」と同じように、人類が自由に使える「知恵」の仲間入りをさせてもらえるのだ。



これは素晴らしいことで、自分の頭脳活動の産物が、誰かの所有物になるのではなく、人類共通の財産として「公知」になり、その後は誰でも私の産物を利用してくれる。これほどうれしいことはない。



今回のSTAP事件でも、小保方さんは自分の研究をネイチャーに投稿し、それが掲載された。その瞬間から小保方さんの頭脳にあったSTAP細胞の考え方は人類共通の財産となった。



その意味で「著作権」が「思想又は感情に基づく創造物」と限定されたことは科学者の私としてはうれしいことだ。もし、小保方さんの論文が公知にならなければ、その成果を利用するときに、いちいち小保方さんにメールを出して了解を取るか、代理人が理研なら、お金を取られるだろう。



でも、公知になったものなら、公道や公園のベンチのように誰にも断らずに自由自在に使える。だからこそ利用価値があり、小保方さんも「どこにでも行って、一緒に実験する」と言われている。立派だ。



私は、自分の論文や著作物が公知になるのは、「学問の自由を与えてくれた社会への恩返し」ととらえている。西洋流に言えば「学問の自由と言う権利と、その成果を公知にする義務」と言うことになるのだろう。人間はもらうだけではダメで、もらったら必ずお返しがいる。



学問の自由はとても快適だ。人が何と言おうと自分がやりたい学問をすることができ、どうやるか、何を目的とするか、どこで飽きてやめても良い。こんな気軽な人生ってあるのだろうか?と思う。だから、その恩返しに自分の成果はご自由にと私は希望する。



ところで、小保方さんや私が書いた「文章」はどうだろうか? 科学の論文の文章も事実の説明だから「思想又は感情に基づいて」いない。したがって、何の権利もない。「データ」、「写真」、「文章」ともに「公知」である。



今まで、私はそれでやってきた。「先生のデータを使いたいのですが?」・・・「どうぞ、どうぞ」、「先生の講演を録音してよいですか?」・・・「どうぞ、どうぞ。オールOKです」。そういうと多くの人が訝しい顔をされる。中には「本当に良いのですか?」と念を押してくる人もいる。



大学に移ってから、いろいろ発明をした。そのたびに企業が来て「特許を出しますが、先生の取り分は?」とお聞きになるので、「要りません。必要ならそちらで出願してください。発明者は私なので、そうしておかないと詐欺と言われますから発明者には入れてください。でも、お金はいりません」と言ってきた。



時に特許を出した会社が一杯、飲ませてくれることはある。それは恐縮していただいた。人情があってよいものだ。ある時、大きな発明で大会社が私の発明したことで、世界の数10カ国に特許を出した。その時はさすがに責任者が大学に来て「先生、本当に権利を放棄するのですか?」と聞いた。現代の日本社会では「自分の業績が公知になることがうれしい」という学者は少なくなってきたのだろう。



「コピペは良いことだ」と私が言うのは、科学の成果は公知だから、できるだけ多くの人が、できるだけ多くの文章やデータを利用して欲しい、それが「人類にとって良いことだ」と思うからだ。そして人類共通の財産が増えれば、「俺だ、俺だ」と言う人が減って、国際関係は良好になるだろう。



でも、「人のものを使うのはなにか気が引ける」という人もいる。そう感じるのは良いことのように思うけれど、「公知」にプライドを持った科学者がいること、その科学者は自分の文章、データが利用されることを望んでいることを知ってほしいと思う。



自由に使ってください。卒業論文でも博士論文でも、なんでも活用してください。まったくかまいません。



でも、それは「科学の目的」に限ることで、私の文章やデータを使って私や科学をバッシングするなら、それは「世俗」の世界のことだから、私は権利を主張する。今回も、もしSTAP論文をもとに小保方さんを社会的にバッシングするなら、論文を読むこと自体を小保方さんに断る必要がある。



また公知のものだから、誤字があったからとか、写真を取り違えていたとか、少しのことはご勘弁いただきたい。もちろん最善は尽くすが、もともとは小保方さんや私の頭の中にあったものを、恩返しで公表したのだから。



(平成26年4月12日)


武田邦彦


(出典:武田邦彦先生のブログ







STAP事件簿14 深層(2)自分は判断せず、受け売りを自分の判断にする社会





STAP事件簿14 深層(2)
自分は判断せず、受け売りを自分の判断にする社会



(事件簿13を挿入しましたので、音声では13となっています)


私には、多くの人が必死になってSTAP論文の欠陥を探し、公表し、小保方さんを罵倒しているのか、理解することができない。誰かに迷惑をかけたわけでもなく、論文は面白いし、価値のあることが書かれている。写真を間違えたからと言ってSTAP細胞が消えるわけでもない。



アインシュタインが舌を出したから、相対性原理は間違っているというようなことでに懸命になっているのは理解に苦しむ。また、東大の入学式で、理系の著作権・特許権も勉強しない先生が入学する学生にコピペをしてはいけないと言ったらしい。学者もおカネまみれになった。



私はこの現象を「なぜだろうか?」と考えている。ある心理学者は「単に自分が信じたことが裏切られた(論文はしっかりしているのに)と思ったことの反作用で、マッチポンプ」と解説していた。自分が信じ込んだので、裏切られた感じがするらしい。自作自演だ。



でも、それも科学者としての私は納得できない。なぜだろう? なぜこんなにも執念が続くのだろう? 自分の生活にも関係ないのに??



私は昨日、原因が分かったような気がした。それはこれまで、「侵略戦争」、「東京裁判」、「リサイクル」、「ダイオキシン」、「1年1ミリ」などが問題になるたびに、どうして事実と違うことが社会に広まるのだろう?と訝ってきた答えでもある。



「自分で調べたり、読んだりして、自分で判断し、自分の言動を決める」のではなく、「他人の言っていることで自分の先入観に合うものを事実とする」というまったく私の行動原理と違うことを多くの人がしているからのように感じられた。



「自分の言動を自分の判断で決める」のは、言うまでもなく当たり前と思ってきたが、「自分の言動を他人の判断で決める」というのが普通らしい。そしてほぼすべての人が「自分の言動を他人の判断で決めている」ので、その結果、「極めて少数の人が最初に判断したことが日本全員の判断となり、それが言動になる」という社会現象であると気が付いたのだ。



STAP事件は論文の価値の問題だから、論文を読まなければ価値はわからない。たとえミスがあっても価値がある場合が多く、論文は「ミスがなければ掲載される」のではなく、「価値があれば掲載される」のだから、ミスがあっても掲載自体になにも非難する理由はない。



自分に被害がなく、論文も面白く価値があるのに、これだけ懸命になるのだから、一種の集団催眠現象(大人のイジメ)だが、それが発生するのは誰も自分で判断していないからだ。



「侵略戦争」も、「日本が戦ったのはアジア人ではありません。どこを侵略したのですか?」と聞いただけで答えはない。誰かが最初に侵略戦争と言ったし、それが自分の先入観に合致するだけだ。



「東京裁判」も、「裁く法律がなかったので、リンチですが」と言うとこれも戸惑う。「リサイクルしていません」、「ダイオキシンは無毒です」と言うのも同じで、誰も「リサイクルされている量」を調査していないし、「ダイオキシンの人間に対する毒性論文」も読んでいない。



だから、右から左、左から右へザーッと移動する。誰かが言えば、「俺もバスに」と慌てるのだろう。ぜひ一度、STAP論文を通読して、そこにどういうミスがあるのかではなく、どういう知見を得たかを読んで判断して欲しい。そうしたら、この騒ぎはなくなり、小保方さんは一夜にして、日本の若者のもっともすぐれた人の一人になるだろう。



(平成26年4月12日)
武田邦彦

(出典:武田邦彦先生のブログ








2014年4月11日金曜日

STAP事件簿13 研究が悪いのか、書き方が不十分なのか?






STAP事件簿13 
研究が悪いのか、書き方が不十分なのか?



(小保方さんの記者会見前後で、原稿の順番を変えました。音声では“08”と言っています)


STAP事件では、マスコミや批判する学者の多くに論理があっていないように見える。つまり、



具体的な批判は「論文の書き方」なのに、

研究そのものを止めさせようとしている。


ネイチャー論文の批判は、最初、写真の貼り間違えと写真に手を加えたこと、つまり「論文の書き方」が指摘され、その後、卒業論文のコピペや、実験ノートの不備など、本人の研究姿勢に及んできた。



しかし、論文を読むと、写真の問題はあってもそれは「論文の書き方のうまい下手」、「示している資料の正確性」であり、いわば文章の一部がぬけていたり、「てにおは」が修正されていないという類だ。



写真は70枚ぐらいあって、多くは適切なものが使われているし、説明、文章、文献の引き方などは30歳の研究者としてみれば、上出来の部類だ。



さらに、論文に示されていることは、「細胞がかなり傷む刺激を与えると、分化がリセットされる可能性がある」ということを明確に述べており、研究としては問題はない。



1953年、20世紀の最高のノーベル賞と言われる、ワトソン・クリックのDNA論文は、同じネイチャーに掲載されたものだが、「ノート」で、わずか2ページ。実験方法も(彼らは自分のデータを使ったのではなく、他人のデータがほとんどだったが)、詳細な説明もない。しかし、DNAは二重らせんだ、それが生命の源だという画期的な着想だった。



後にノーベル物理学賞を受賞した日本の江崎玲於奈博士も、たしかフィジカル・レターに簡単な2ページの論文を投稿してノーベル賞を受賞している。私は江崎先生から直接、「この論文で賞をいただいたのです」と言われて渡されて、その簡単な記述にびっくりしたものだ。論文には1枚のグラフがあるだけで、説明はごくごく簡単なものだった。



人間の着想の素晴らしさというものは、詳細がキチンと書かれていることではない。書かれている内容が間違いを含んでいるということでもない。そこに示された考えが「これまで人類がほとんど考えたことではない」というのを少しの事実から導き出すことである。



したがって、それは不確かであり、危ういものではあるが、その後、多くの人が関心を持ち、だんだん膨らみ、やがて巨大な発見や人類の福利に役立つものである。



したがって、「こうしたらできる」とか、「他人が追試してできるような記述」とか、まして「70枚のうちに2枚ほど図を間違って貼った」などということは問題にはならない。



STAP事件は、1)科学の進歩の体験をしていない素人の人たち、2)大騒ぎをしたいマスコミ、3)それに乗って有名になりたく、他人の批判が好きな学者、4)研究をお金や名誉でやっている人、それに、5)よく勉強しなかったので先生のコピペやデータの間違いを叱られた子供や青年、が「火の無いところに煙を立てて、日本の科学に打撃を与えた」と言う事件だった。



(平成26年4月10日)
武田邦彦

(出典:武田邦彦先生のブログ







STAP事件簿12 深層(1)小保方さんは誰に迷惑をかけたのか? 謝るのは記者の方だった!!




STAP事件簿12 深層(1)
小保方さんは誰に迷惑をかけたのか? 
謝るのは記者の方だった!!



2014年4月8日に行われた小保方さんの記者会見では、小保方さんは何回も頭を下げて謝っていた。「自分が未熟だった」という理由だが、小保方さんは誰に、どういう迷惑をかけたのだろうか?「未熟」というのは謝らなければならないことだろうか?



彼女は29歳と言う若い年齢で研究リーダーとして新しい細胞の研究をし、「どうも、外部からの刺激で初期化される細胞があるらしい」ということがわかり、その研究成果をまとめて世界的に有名なネイチャーと言う科学誌に論文を投稿した(2013年3月10日)。



投稿した論文は、まだ研究は途上で、未完成のところもあり、やや不十分な記載もあったが、全体としては価値があると認められて、厳しい査読委員の審査を通って、同年12月20日、アクセプト(掲載可)にまでこぎつけた。論文は「ミスがないから掲載される」のではなく、「その論文のどこかに価値があれば掲載される」という性質のものだ。減点主義ではない。



また、論文を提出するというのは、自分の研究(黙っていれば自分や自分の組織しか知らない)を人類に役立てるために公知(だれでも使える人類共通の財産)にするための行為だから、論文を出すだけで立派だ。普通、企業などは研究成果を論文として出さないので、頭脳活動は人類共通財産にはならず、その会社の利益に結び付く。



さて、ネイチャーに論文が掲載されると、興味のある人が読む。20ページ近い英語の論文だから、専門家しか見ないのが普通である。そして専門家は「将来にわたって事実として認定されるかどうかは不明だが、小保方という研究者が何かをやってこういう結果を得たか」というのを知ることができる。



雑誌への掲載料金は自分が払い、すべての労働対価は自分持ち(組織もち)なので、一般社会になにも迷惑はかけていない。また内容は斬新だが、なんといってもまだ世界的に知られていない人だから、共著者に笹井さん、若山先生、バカンティ教授などがいるので、「ああ、あの研究関係の中の若手が書いたのだな」と思って読む。



この論文を読んだほとんどの人は、1)外部からの刺激で細胞が初期化する可能性があるなということ、2)実験は豊富だが、まだ初期の研究だから少しの間違いや錯覚もあるだろう、3)これからの研究や考え方にかなりの刺激になった、と感じただろう。



そして、とても強く興味を持った学者がいたら、追試をしたり、小保方さんの知恵を拝借してさらに研究をしたいと思った人もいるだろう。でも、人の知恵を借りて始めるのだし、研究がまだ初歩的な段階にあり、書いた人も若いので、全面的に信用した人もいなかったと思う。



論文、特にその中でも画期的な内容を含む論文には間違いが多い。人間の知恵は、自分が目標としているのに甘いから、研究者はとかく自然現象を自分の目標としていることにつなげてしまう傾向にある。だから錯覚しやすいが、それをあまり意識すると今度は必要なことを見落としてしまう。



科学史などを少しでも勉強した人は、新しい発見が本人の強い錯覚によったり、偶然だったりすることを良く知っている。たとえばノーベル賞をもらったポリエチレンの合成の発見では、オートクレーブの端についたわずかなシミが気になった研究者がそれを分析したことから始まる。



サラリーマン的、官僚的な研究では新しいことは見つからないし、まして「誤りのない論文を書こう」と思っていたら、新しい内容の論文はかけない。「完成してから書け」と言う人がいるが、どの段階で完成したと言えるかすら、分からない。



「管理主義」と「発明」はまったく相反する性格を持っているからである。前者は制服が似合い、後者はジーパンがあう。私の経験ではまんべんない気配り、隙の無い仕事、キチンとした人づきあいなどができる人で画期的発明をした人をあまりしらない。でもそのことは「適材適所」から言ってもわるいことではない。それぞれ人間には持ち分があるからだ。



論文は未完成で出始める。そのほうが多くの人が参加できて良い。また超電導でも、DNA構造でも、トンネル効果でも、最初の論文から詳細に書いてあるものはない。「こんなことが起こった」とか「おそらくこうではないか」という学問的提案がだんだん、実ってくるものである。



その点から言って、小保方さんは「社会に大きな貢献をした」、「若い日本人の見本になる一人」であることは間違いないが、決して「迷惑」も「悪いこと」もしていない。記者会見では謝る必要はなく、むしろみんなで立ち上がって、拍手をすべきだった。



学術論文はもともと受動的(読む人が判断する)ものだから、書いた人は査読を通る(査読委員が責任を持つ)ことで問題はないのである。また、科学はウソをつかないから、科学者は原理的に悪意はない。



頭を下げるべきは記者の方だった。小保方さんは日本の若者の見本だったのだから。若い人、ミスを怖がらずに!!



(平成26年4月11日)
武田邦彦

(出典:武田邦彦先生のブログ







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